誰にも言えなくて11


何度も自分に助けを求める信哉の声が、
涙に濡れた顔が、
脳裏に焼き付いて離れない。




思えば京一郎は、
信哉の悲しそうな顔しか見たことがない。




一体どこに行ってしまったのか。





あの夜、信哉を部屋に運んでしまったことを激しく後悔している。

なんとなく後ろめたくて、痛々しくて、
信哉を直視するのが憚れたのだ。

もし、そのまま胸に抱いて眠っていたなら。


後悔の念に苛まれ、まったく仕事に全く集中できない。




「やぁ、京一郎くん、御苦労様〜〜」

その声にハッとする。


突然オフィスを訪問したのは久世だった。

その顔を見るなり、京一郎は思いっきり顔をしかめた。


「やだな〜〜そんな顔しないでよ〜〜」

「・・・・なんでアナタがここに?何の御用でしょうか。」


動揺を悟られたくなくて、棒読みのようなそっけない態度をとっても、
相変わらず、久世の余裕のある雰囲気が崩れることはない。



京一郎は、どうにもこの男が苦手だ。



「おい、アポも無しにこんなやつ勝手にオフィスにいれるな」

そう言うと、
運転手兼、秘書も務める初老の男性を睨みつける。




「ですが・・・・」

「やだな〜、せっかくいい情報を持ってきたのに、そんなこと言うの?」

言い淀む秘書に代わって久世が口をはさむ。




信哉のことでただでさえ神経がすり減っているのに、
そんな精神状態で、久世の顔なんて見たくなかった。





「信哉くんの・・・弟くんに関しての情報があるんだけどね〜」
「・・・なにっ!?」


ドクンと心臓が波打つ。
その名を出されると、平常心ではいられない。



「知っているのか!?どこだ・・・信哉はどこにいるんだ!?」



京一郎は取り乱し、思わず久世の胸倉をつかむ。



「ふふ・・・・クールな京一郎くんはどこにいったんだか・・・」


もったいぶった余裕のある久世の態度とは対照的に、
京一郎にはもはや、相手をあしらう余裕などなかった。

思わず久世の胸倉を掴む腕に力が入る。



「頼む・・・信哉はどこにいるんだっ・・・!教えてくれっ・・・無事なのか!?」

京一郎の必至な眼差しに、久世も意表を突かれたようだ。


目を丸くして、珍しいものを見るように京一郎を見つめていたが、
すぐにいつもの飄々とした顔に戻る。


「・・・・・・これは貸だからね京一郎くん。
君たちへの貸ならいくらあっても僕はかまわないからね」


京一郎にしか聞こえないように、ひっそりつ呟くと、
久世は一枚の紙を渡す。


それには手描きで地図が描いてあった。

ある場所に、ぐるりとマル印が入れられている。



「なんかね、二人の若い男についてったらしいよ、信哉くん。」

「・・・っ!!」


あれほど探しても見つからなかった信哉の情報が、
まさか久世の口から聞けるとは思ってもみなかった。




むしろ、
自分の部下たちが本当に信哉を探していたのかすら怪しく思えた。



「ま、とあるつてからの情報だけどね〜、とにかくそこへ行ってごらんよ」





「・・・・くそっ・・・!」

そう毒づくと、京一郎はオフィスを勢いよく出て行く。



信哉が、見知らぬ男性二人について行った。


その二人にの男に嬲られているかもしれない。


そう思うといてもたってもいられなかった。



「京一郎様っ・・・・運転は私がっ・・・・!」


慌てて走ってきた運転手の声は京一郎には届かず、
アクセル全開に京一郎は敷地の外へと車を走らせていた。


「あ〜〜らら、行っちゃった。僕にお礼も無しだなんて・・・。」

「申し訳ありません、久世先生・・・。」

初老の秘書は、近づいてきた久世を見上げる。




「いえいえ、信哉くんは可愛いウチの生徒なんで、僕も心配してたんですよ〜。」

胡散臭ささを隠して綺麗に微笑んでみせる。

「・・・案外と、弟思いなんだね〜」




信哉がいなくなったと聞いて、久世も少し心配になり、
独自に捜索を始めていたらしい。

すると、以外な知人から、
信哉が夜の繁華街で二人の男について行ったという情報を得たようだ。



なんという偶然か、あの日、
夜の繁華街で信哉に声をかけてきたあの中年男性は、
本郷の会社の関係者だったようだ。



可愛い男の子を、二人組の男に横取りされたと愚痴っていたのを、
たまたま久世が聞いていたのだ。


特徴を聞いてみれば、信哉とほぼ一致していて、
そして調べてみれば、それが案の定信哉だったというわけだ。



もちろん、こういう事態を狙っていたわけではないが、
久世にとっては都合の良い偶然だ。

「ま、いいよ、これで貸ができたしね。」

これでまた、なにか遭ったときに優位に立てる。
橘への切り札はいくらあってもかまわない。

そんなことを考えているとは知らず、
秘書は深々と頭を下げ、帰っていく久世を見送った。









京一郎は急いで車を走らせた。



その男たちと淫らな夜を過ごす信哉を想像しただけで、
気が狂いそうだった。



一緒に消えた、その男たちにも、あの身体を与えているのだろうか?
それだけは絶対に許さない。


信哉は俺のだけのものだ。


信哉を絶対に、取り返す。
ただそれだけを思い、京一郎は必死に車を走らせた。




*****





タカとカズのアパートに来てから、どのくらい経っただろうか。

タカの作る美味い料理のおかげか、
来た当初、痩せすぎだった身体もほんの少しだけふっくらしてきた。


それでもまだ、平均からすると細いほうだが。



「楽しみだねぇ、動物園!」

「うんっ」



「動物園♪動物園♪」

「カズ、うるせぇ。歌ってないで早く支度しろ、お前いつも遅いんだからよ」



「わかってるよ、うるさいなぁ〜もぉ!」

そう言いながら、カズの周りにはどんどん服が積まれていく。


タカ曰く、いつも服を決めるのに時間がかかるらしい。



「その点、信哉は準備がはやくていいな〜〜〜」

そう言って、わしゃわしゃと頭を強引に撫でる。



これがタカの愛情表現らしい。
せっかく整えた髪がぐしゃぐしゃになってしまった。



「何するのぉ、もぉ!」
信哉はぷうっと膨れて、髪をセットしなおす。



「ぶはっ!お前、だんだんカズに似てきたな〜」

言いながら、さらに信哉の髪をぐしゃぐしゃに撫でまわす。



「もぉ〜やめてよぉ」


最近は、口調も仕草も、
少しカズに似てきたと、よくタカにからかわれる。


来た当初、憂いを帯びた表情だった信哉も、
最近ではよく笑い、少しずつ思ったことは口にするようになった。


「ちょっとタカ、僕の信ちゃんいじめないでよね!」


やっと服が決まったらしいカズが、信哉をタカから奪い取り、
ぎゅうっと抱きしめる。

これはカズの愛情表現だ。


「カズお兄ちゃん、苦しい〜・・・」


特に、一人っ子のカズはお兄さん気取りで
自分のことを「お兄ちゃん」をつけて呼ばせるくらい、
弟みたいな信哉が可愛くて可愛くて仕方がないらしい。


「あ、ごめんごめん」

そう言って、チュッとおでこにお詫びのキスをする。


「か、カズお兄ちゃん・・・」


チュッ・・・・チュッ・・・。


これが始まると、なかなかカズは止まらない。

オデコだけで終わらず、頬や鼻、目元・・・唇以外のあらゆるところに
唇をおとしてくる。




「・・・・・・・・・・・・・・・・おら、行くぞ!」

今度はタカが、信哉からカズを引き剥がす。


カズの度の過ぎたスキンシップに、ちょっとヤキモチを妬くタカを、
「可愛い」と思うのは、本人には内緒だ。




今日は二人とも、大学もバイトも休みで、そして天気も良くて、
カズの「動物園に行こう!」の一言で今日の予定は決まった。



動物園といえば、小さい時に一度だけ、
母親に連れていってもらったきりだ。

余裕なんてなかったのに、信哉が喜ぶと思って、
母親が辛抱して貯めたお金で連れて行ってくれたのに、
大きな動物が怖くて、母の後ろに隠れていたのを思い出す。



信哉が過去の思い出に浸っていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。




必然的に、ドアの近くにいた信哉は、ドアスコープを覗くが、
その瞬間、信哉は一気に凍りついてしまった。




信哉は我が目を疑った。


(・・・なんで・・・!?)



どうしてここが分かったのだろう。



ドアの前には京一郎が、立っていた。

とたんに信哉の身体が硬直していく。




「・・・おい、信哉・・・・?どうした?誰なんだ?」

タカが信哉の異変に気づいたのか、ドアスコープを覗く。




(どうしよう・・・。)





信哉の心臓はバクバクと音を立てる。


もう会うことはないと思っていたのに。



「どちらさん〜〜〜?」

「橘京一郎と申します。弟の信哉がお世話になっていると伺いまして・・・。
迎えに上がりました」

ドア越しの兄の声に胸が波打つ。




「あそう、お兄さんね、ちょっと待っててくださいよ」
「タカさん、待って・・・・!」




信哉の制止の声も間に合わず、
身内を名乗る男に、タカも警戒もせず玄関のドアを開けてしまった。


「よかったな、兄ちゃん来てくれたぞ」


なぜ信哉が家出をしてきたかの理由は問わなかったタカ達は、
普通に家族が迎えにきたと思ったのだ。


真実を知らないタカは、いつものように、わしゃわしゃと信哉の頭をなでる。
だけど。




「・・・信哉・・・?」

乱れた髪に、抗議するかと思いきや、
予想に反し、俯き、小さく震える信哉の態度に、いぶかしげにタカが名前を呼ぶ。



「さぁ、信哉、帰るぞ」

伸ばされた手に、信哉はビクリと身体を竦ませる。



その時、パシン・・・と乾いた音が響く。


伸びてきた京一郎の手を払いのけたのは、タカだった。



「てめぇ、誰だよ、ほんとに信哉のアニキか?」

「何!?」



何事かと駆け寄るカズも、信哉の怯えように気づき、
反射的に信哉をぎゅっと抱きしめる。


それを見た京一郎の目が険しいものに変わる。



「さあ、帰るぞ、信哉!来い!」


京一郎が声を荒げ、
強引に信哉を連れて行こうとするのをタカが止めた。


「キサマ・・・」

「あんたさ、目、悪いの?それとも頭が悪いの?」
「何だと!?」


「信哉が嫌がってんの、分かんない?」

「ふざけるな!
なんだろうが、他人のお前たちには関係ない!ほら、信哉、帰るぞ!」


二人の妨害に京一郎は苛立ちをつのらせる。




立ちはだかるタカを押しのけ、
京一郎は強引に信哉を連れて行こうと、その腕を掴み、
力づくで引っ張った。


だが。


「嫌だ・・・・!離してっ!」


京一郎の手を思いっきり振りほどき、信哉はカズの胸に飛び込んだ。
そしてその前にさらにタカが立ちはだかる。


「信哉っ・・・!?」

京一郎に逆らったことのなどない信哉の行動に、
京一郎の顔色が一気に変わる。

信哉は自分には逆らわないと信じて疑わなかったようだ。


「僕は帰らない・・・!ここにいる・・・!」

「そうだよ、信ちゃんは渡さないからねっ!」

カズの信哉を抱く腕にも、力がこもる。


京一郎の腕を振りほどき、
当たり前のようにカズの胸の中に納まっている信哉を見て、
京一郎は動揺し、表情はさらに険しくなっていく。





「信哉・・・・っ!」

焦れば焦るほど、その声が荒くなっていく。




「僕は帰らない・・・あそこは・・・嫌い!!お兄様も・・・大っ嫌い!!」

そう言って、カズの胸に顔をうずめる。


「・・・・・・・・・し、信哉・・・・っ!!!!」

信哉のはっきりとした拒絶の言葉に
京一郎の目が驚愕に見開かれる。



「だ、そうだよ。さっさと帰ってよ、お兄さんとやら」



しっしっ、と、カズが京一郎を追い払うジェスチャーをとる。


「・・・・信哉・・・・っ・・・・!
信哉、来なさいっ!オレの言うことが聞けないのか・・・!?」




言えば言うほど信哉はカズの胸に埋まっていく。
カズの抱擁が当たり前だと言うように、信哉はそこに身を預けていく。




その行動がどんどん京一郎を追いつめているのを、
信哉とカズは気付かない。





だが。



「・・・いいぜ、連れて帰れよ」

(・・・え・・・!?)


その言葉を口にしたのは、タカだった。


手のひらをかえしたような言葉に、
信哉もカズも、我が耳を疑った。





「た、タカ!?何言ってんの!?信ちゃんを虐待してた人かもしんないんだよ!?」

「・・・っ!」

「・・・・っ!!」


虐待という言葉に、
京一郎と信哉が、同時にはっとしたように息を飲む。



「・・・いいんだよ。俺だって、お前といちゃいちゃしたいし?
だから、早く信哉をつれて帰れよ」


「ちょ・・タカ・・・なんで急に・・・!」

カズの制止を無視して、タカは強引に、カズから信哉を引き剥がし、
京一郎に預けてしまった。


「ほらよ」

信哉の身体は抵抗する間もなく、京一郎に捕らえられてしまう。

その腕は、今度は振りほどいても解けないほどに強い。
まるで二度と離さないかのようだ。



「タカ!!」


「・・・タカさん・・・どうして・・・」




「ほら、さっさと連れて帰りなよ、俺達これからデートなんだから」
「タカ!!」

「・・・タカさん・・・・」


泣き出しそうな信哉の顔を見ないように、タカは吐き捨てる。




「・・・・・弟が・・・信哉がお世話になりました・・・。
お礼は後日、必ず伺いますので・・・・では」


丁寧にそう告げると、
京一郎は引きずるように信哉を連れていこうとする。


信哉は名残惜しげにカズたち方に何度も振り返った。



その時。


「信哉!」



タカが信哉に向かって投げたのは、タカの携帯電話だった。
落とさないように慌ててキャッチする。


「・・・・?」


「そいつになんかされそうになったら、カズの番号に電話しろ。
・・・・俺達二人、すぐに飛んでいくから・・・」


「タカ・・・・?」

やはり、タカは人でなしではなかった。
じわりと信哉の胸が熱くなる。


「タカさん・・・・あっ・・・!」

だが、感動に浸るまもなく、
強引に京一郎に連れて去られるようにその場を後にした。








「タカのバカっ・・・なんで・・・なんであんな・・・・!」


カズの瞳は涙でウルウルになっていた。

「あれでいいんだよ。」

「なんで!?信ちゃんの怯え方半端なかったよ
あいつが虐待してたんだよ、きっと!
あの身体中のキスマークだって・・・・!なのにどうして・・・・」



「俺はお前と二人きりになりたかったんだよ」


「タカ・・・最低・・・・!」

ポロポロと零れる涙をタカがすくう。

「だ〜〜〜から、お前は鈍いっつーんだよ」

「はぁ!?何言ってんの!?」



批判を孕んだカズの瞳を、タカが優しく見つめる。



「なぁ、カズ、動物園いくか?それとも・・・・、
信哉が居た間、できなかったこと・・・するか・・・・?」

「はぐらかすなよ・・・そうやっていつもさ、僕をバカにして・・・・!」


「なに?・・・H・・・したいの?ずっとしてなかったもんな」

「タカ!!ふざけ・・・・・んっ・・・・」


カズの非難はタカの口内に吸い込まれる。


ぴちゃ・・・と、いやらしい音をたて、カズに快楽を与える。

「ん・・・・」


そのキスだけで、カズは腰が抜けそうになる。




「ごまかすなよ・・・なんで信ちゃん行かせたんだよ・・・!」
「大丈夫だよ」



「なんで」
「いいから」



再びキスで黙らせる。



「・・・あんな嫉妬まみれの、『男』で眼で睨まれちゃあなぁ・・・・・。
必死すぎて可哀想だったじゃん・・・?」



「・・・なにが?」
「なんでもない。信哉は大丈夫だよ・・・。つーか、大したもんだよ、あいつ。」


「なんの根拠があって・・・あっ・・・!」
「カズ・・・」
「あっ・・・・や・・・バカ、そんなトコに跡つけんなって・・・・!」




「ん〜〜?マーキング・・・。オレのもんだっつー印・・・・」
「や・・・あっ・・・タカ・・・・!んっ・・・・っ」




「みんな一緒だ・・・。自分のもんには名前書くだろ・・・あれと同じ・・・」


「・・・・・・タカ・・・?」



その言葉は妙な重みを含んでいるようだ。


「カズ・・・動物園は・・・・今度、行こうな・・・・」


「でも・・・信ちゃん・・・・んっ・・・あっ・・・・まってタカ・・・・!」
「待てない・・・」



「ちょ・・・・あっ・・・あっ・・・・や・・・」



「今度行く時は、ちゃんと信哉も誘って行こうな・・・あいつに貸し作ったし・・・、
ダメとは言わせねぇし」


ニヤリと笑うタカを見て、カズも、意味不明な安心感を覚える。





「だから、安心して、オレとHしてろ・・・・」


「・・・・うん・・・・」



そして再び、唇は塞がれ、カズは久しぶりにタカに啼かされる羽目になった。



12へ


いやいや、相変わらずで申し訳。

しかも、サブキャラで終わるとかあり得ないけど、
次の展開にもっていくには、ここで一旦終わっとかないとね〜〜みたいな変な自己判断ですが。

しかしタカとカズって、なんでか知らないけど、もすごく書きやすい!!
表現が下手なので、京一郎と信哉の心情がうまく書けませんでしたが・・・

まだ続くのでも少し見守っていただければ幸いです。更新が遅くて申し訳・・・・!



2011/08/17
2015/05 修正