誰にも言えなくて12



「いやっ!離して・・・帰らない・・・僕はここにいるんだからっ・・・!」

「・・・・・・っ、黙れっ・・・・。」

激しく抵抗する信哉を離すまいと、
力づくで信哉を車まで連れて行く。



助手席のドアを開け、乗るように促すと、一瞬、
信哉は不思議そうな顔をしたが、
すぐに大きな目に涙を浮かべ、再び抵抗を始めた。



「いやっ・・・離して・・・」

「いい加減にしろっ!!さっさと乗るんだ!」
「っ・・・・!」

京一郎の恫喝に、信哉はビクリと身を強張らせる。



京一郎は必死だった。
無理矢理車内に押し込むと、逃がすまいとドアを閉める。


案の定、信哉はガチャガチャと、ドアを開けようとするが、
京一郎がかけておいたチャイルドロックがそれを許さなかった。


運転席に乗り込んできた京一郎に、
信哉はさらに驚いた表情を向ける。



「シートベルト」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



諦めたのか、
信哉がシートベルトをしめるのを確認すると、
京一郎は静かに車を発進させた。




信哉は、窓にへばりつくように、木造アパートを見つめていたが、
次第にそれが見えなくなると、とうとう泣き始めた。



「・・・カズお兄ちゃん・・・・タカさん・・・うぅ・・・」

信哉の大きな瞳からはポロポロと次々に涙があふれている。



だが京一郎は、二度と信哉を手放す気はなかった。
たとえ、どんなに泣かせても。




信哉のすすり泣く声だけが車内に響く。
ずっと窓の方に顔を向け、京一郎の方を見ようともしない。



それが、信哉の精いっぱいの反抗のようだった。


結局、一言も会話を交わすことなく、橘の屋敷へと到着した。



出迎えの使用人たちが、
運転席から降りてきた京一郎に一同に驚いた。


「あの・・・京一郎様、ご自身で運転を・・・!?」
「ああ・・・」



そう言って、助手席に周り、
ドアを開けて信哉の手を引いて降ろさせた。



まるで、使用人が主に行うような行動に
使用人たちは再び驚き、
互いに目を見合わせ、そして、信哉に冷たい視線を向ける。



冷たい視線を全身に浴びた途端、
京一郎と繋いでいる信哉の手に、きゅ・・・と、力が込められた。






無意識なのかもしれないが、
自分に縋るようなその手を、京一郎もまた優しく握り返した。



そのまま信哉の手を引いて屋敷へと入る。


中にいた使用人がやはり、
同じように信哉に侮蔑の視線を向ける。


この屋敷に戻ってきたことを咎めているのは明らかだ。



だが京一郎は周囲の視線などお構いなしに、
信哉の手を引いて自分の部屋へと向かった。


「ここで待っていなさい」

「・・・・・・・・・」

しばらく黙りこんでから、こくん、と頷くと、
ゆっくりと京一郎の手から信哉の手が離れていく。



信哉を部屋に残すと、京一郎はある場所へと向かった。










「き、京一郎様・・・!?あの、何しにここへ・・・?」


人生で一度も足を踏み入れたことの無い場所である厨房に、
京一郎が姿を現すと、そこは一時騒然となった。




「ご用がありましたら、
京一郎様自らいらっしゃらなくても、私どもから参りますのに・・・」


皆一様に、
媚を売るように京一郎に駆け寄る。




「ジュースとか・・・何か甘い飲み物はあるか?」


甘いものは決して飲まない京一郎の問いかけに、
使用人はいぶかしげな顔をする。

誰の為に準備するものなのか、察しがついたようだ。



「・・・あの、ココアならありますが・・・、私が作って、お持ちいたします」



「いや、いい、俺が自分でやるよ。」
「ですが・・・」


「いいんだよ」

そう言って、京一郎が彼女を見つめれば、
たちまち頬が赤く紅潮していく。


そして京一郎はほほ笑んだ。


「信哉の飲み物に・・・・・・・変なモノでも入れられるたら困るんでね」

「――っ!!!」





思いもよらない京一郎の言葉に、
その場にいた誰もが瞬時に凍りついた。

「ほら、何ぼうっと突っ立ってるんだ?ちゃんと仕事しろよ」



嫌味を存分に含み、わざと笑顔を作ってみせる。

それが余計にその場を凍らせていった。






京一郎は、料理は一切しないが、
飲み物の美味しい淹れ方を知っていて、
手際よく珈琲とココアを作ると、
京一郎はそれらをトレイに乗せて厨房を後にした。



部屋の中を窺うと、
信哉はベッドの横のソファに、ちょこんと腰をおろしていて、
ちゃんとそこに居てくれたことにホッとした。



ココアを出すと、信哉は首を横に振る。


「・・・・大丈夫だ、信哉。変なモノは何も入っていない。安心しろ・・・」

京一郎の言葉にハッとしたように顔を上げ、
すぐに気まずげに俯いてしまう。


その表情に、思わず胸が痛む。


自分の珈琲もテーブルに置き、信哉の横に腰を下ろす。

いつもと違う京一郎の態度に、
信哉は少し戸惑いを感じているようだ。




「・・・ここは・・・嫌い・・・・」
「信哉・・・」

止まっていたはずの信哉の涙に、京一郎は戸惑う。



「帰りたい・・・っ」

「帰ってきただろ。お前の家はここだ」


お前の家はここ。

憎たらしくて、出て行ってほしいとばかり思っていたはずなのに、
自然にそんな言葉が出ていた。




「ちがうっ・・・ここじゃないっ・・・カズお兄ちゃんたちのとこに帰る・・・!
お願いっ帰してっ・・・!」

「信哉!」


信哉の口から、他の男の名前が出るのが許せなくて、
思わず声を荒げてしまう。


だが、もう信哉は怯まなかった。



「帰る・・・ここは嫌っ・・・・!僕の居場所なんてどこにもないっ・・・」

大きな瞳から、どんどん涙があふれてくる。


「いつもいつも、・・・あんな目で見られるの・・・
もう耐えられない・・・・!」


信哉は自分の感情を吐露する。




「信哉・・・」

「もうイヤ・・・・・・・・・・・・・」


信哉の声が涙に震える。



「ここに居るのは・・・・・・・・・・・・辛いんですっ・・・・・」

そう言って、頭を下げた。


「お願いです・・・出て行かせてくださいっ・・・・」



タカから預かった携帯電話を握りしめると、
とうとう信哉は泣き出してしまった。




まるで小さな子供のように、
しきりにカズとタカの名前を呼びながら


京一郎はどうしていいのからず、焦りだけがただ募る。


ふと、信哉を抱きしめていた茶髪の男の事を思い出す。




彼は信哉を抱きしめていた。
まるで、京一郎から信哉を守るように。

(守る・・・・・か・・・・)




本当ならば、守ってやらなければならないのは、
自分の方のはずなのに。
なのに実際は、傷つけていることしかしてない。



血の繋がった自分は弟を傷つけ、赤の他人が弟を守っていた。



あの時信哉は、京一郎の腕を拒み、他の男の腕を選んだ。
京一郎から隠れるように、カズの胸にの中に信哉はいた。

それをまざまざと見せつけられ、京一郎は、心底悔しかった。




兄として、負けているのだ、あの男達に。


今もしきりに二人の名を呼び、ここには居たくないと繰り返す。




大きな瞳からは次々と涙がこぼれ、
滑らかな頬を伝い落ちてゆく。



咽び泣く信哉はとても儚げで、
今にも消えてしまいそうだった。

本当に消えてしまいそうだった。




また、自分の前から消える。

そう思った途端、もう堪らなかった。




「信哉・・・・」



今まで信哉を傷つけることしかなかった腕が、
ふわりと信哉を、やさしく包み込んだ。



思わず、抱きしめてしまうほど、信哉のことが愛おしかった。




「っ・・!?」

信哉の目は驚きに見開かれた。
けれど、その瞳から零れる涙は止まらない。



「・・・ヤダ・・・ヤダ!離してっ・・・・!」
「ダメだ」

突然の兄の抱擁に、信哉は混乱してしまったらしい。


「離してぇっ」
「ダメだ・・・・絶対・・・離さない」


京一郎は力強く、信哉を抱きしめる。



「離して・・・離してよぉ・・・!!うぅ・・・」



信哉がもがけばもがくほど、ぎゅ・・・と力をこめる。




「嫌いなんだからっ・・・!」

「・・・ああ・・・・」




ぽん、ぽん・・・と、背中をあやすように軽くたたく。

そんな仕草が自然に出来ている自分に、
京一郎自身が一番驚く。


「兄さんなんか・・・嫌い・・・・大っ嫌いなんだから・・・!」

「・・・ああ、・・・そうだな・・・・」


信哉は何度も、兄さんなんか嫌いだと繰り返す。



だが、何を言われても、腹は立たなかった。
それどころか、不思議なことに、どんどん愛おしさがこみ上げてくる。




今まで、言いたいことを全て飲み込み、
この細い身体で、全て受け止めてきたのだろう。



その身体に、
自分は今までなんという仕打ちをしてきたのだろう。




泣きじゃくる信哉の声は次第に小さくなり、
胸に抱くその身体が、少しだけ重さを増したことで、
信哉が眠ってしまったことを知る。


嫌いだと連呼した割に、
安心したように眠っているのが、たまらなく可愛らしかった。



ソファに身を預けたまま信哉を抱きしめ、
その重みを、受け止める。


信哉の髪を、優しく梳いた。


今になって初めて、
信哉の髪質が自分と同じだということに気付いた。

サラサラで柔らかくて。
京一郎と信哉が共通する部分。


はやり血を分けた兄弟なのだ。





信哉の身体をベッドに移動させ、
毛布をかけてやる。


涙と鼻水でカピカピになった顔を、
少し濡らしたタオルで綺麗してやりながら、
まだ、涙の跡の残る信哉の顔を見つめた。

長い睫毛に涙が未だに引っかかっている。


(信哉・・・・)


その涙を口に含む。

(・・・・なんだろうか、これは。)



今まで感じたことのない感情。


信哉の顔を見つめていると、
キュンっ・・・としたのもが、
京一郎の胸を締めつけ、全身に広がっていく。



そっと信哉の頬に触れる。
この頬を、何度、張っただろうか。

口内を切ったこともあった。


己の手は、信哉を傷つけたことしかない。


またズキリと、胸が痛んだ。




信哉が他人に穢されて、
そして目の前からいなくなって、
初めてその存在が、どれほど大切であるか、
痛いほどに分かったのだ。


もう二度と傷つけない。

そしてずっと傍にいる。
この子を絶対に護ってみせる。

京一郎は、心の底からそう誓った。


13へ

ぎゃあああ、なんだこの気恥ずかしさは!空回りBANZAI☆

まぁ、さておき・・・。ね。お兄ちゃん・・・ね〜〜〜。もう、ほんとお兄ちゃん〜〜!

すみません意味不明なコメント。
このお話、も少し続きます〜〜。
どうが最後までお付き合いくださいませませ!



2011/08/30

2015/05 修正