誰にもいえなくて5


肌寒さに意識が覚醒する。
時計を見れば、午前3時を指そうとするところだ。

初夏とはいえ、一糸まとわぬ姿で眠ってしまえば
寒くて当然である。


情事の後始末を、あの兄がするはずもなく、
気を失った信哉に、掛布すら掛けずに部屋を出て行く。
これもいつものことだ。



自分の身体に残される残滓と跡、
シーツの乱れ具合が、行為の激しさを物語っている。






備え付けのサニタリールームの奥には、シャワールームが続いており、
そこへ向かおうと、軋む身体を叱咤し立ち上がれば、
兄の放ったものが脚へと伝い落ちていく。





「・・・っ・・・!」



いつも、この瞬間だけは耐えられないほどの背徳感に襲われるのだ。



実の兄に抱かれ、
そして、明かに深い快楽を得て、達してしまう自分。



思い返すたびに、ぞくっとする。
その悪寒が、恐怖や罪悪感からくるものなのか、それとも。





浮かび上がるもう一つの可能性にハッとなり、
かぶりを振り、必死にかき消す。



(違う!僕は・・・僕は・・・こんなことは絶対に望んでなんかいない!!)



絶対に望んでなどいない。


兄に身体を求められると、
どこかで安心してしまう自分など、いるはずがない。



こんなにも酷い苛みを受けているのだ。



早く、兄の香りと、感触を洗い流してしまいたかった。


甘酸っぱいフルーツの香りのボディソープの泡に包まり、
勢いのある熱めのシャワーで流せば、
兄に抱かれた名残が、泡とともに排水溝に流れて行く気がした。




手の傷が沁みるが、
兄に抱かれた穢(けが)れを祓うためならどうってことない。



これが、信哉にとっての精一杯の禊(みそぎ)だった。






禊を終え、ふと鏡をみると、
白い身体に、花弁のように散らされた痕がある。


京一郎は、信哉を悦ばせるような愛撫をすることはないが、
まるで所有の証と言わんばかりに、このような痕をいくつも付ける。



最初は何の痕か分からなかったが、
回を重ねるごとに、それの意味を徐々に理解し、
なんとも複雑な気持ちになった。



(・・・唇には、絶対にキスをしないのに)



当たり前だ。
京一郎は信哉を憎んでいるのだから。

されても困るだけだ。



兄が自分を抱くのは、
娼婦のような立場に貶めて、信哉を苦しめる為だ。

孕むことのない手近な弟で、性欲処理を済ませているに過ぎない。






そう思うと、気持ちがどんどん沈んでいく。

どんな理由にしろ、兄に憎まれるというのはとても辛い。



もう何も考えたくなくて、気を取り直し、
ベッドを綺麗に整えて、肌触りの良いシーツに滑り込む。




禊も終えた。
兄の香りも消えて、もう今はボディソープの甘い香りしかしない。



今日、兄に犯された自分は消えて、明日鏡に映るのは新しい自分だ。



結局は、また兄に穢されてしまうけれど。



それでも、毎朝自分は生まれ変わる。
そう思い込まないと、信哉は自分を保てなかった。



優しい香りに包まれて、信哉は深い眠りに落ちていった。






















「大丈夫か?その手の傷・・・・なかなか治らないな・・・」

信哉の手の傷を見た本郷が、痛々しげに訊ねてくる。

「え?うぅん、大したことないよ、ちょっと・・・ね。なんか治りづらくて・・・」



はは・・・と自嘲気味にしか笑えない信哉を、不審に思っているようだったが、
それ以上、本郷は何も聞かなかった。



兄に与えられる快楽から逃れる為に、
信哉は自らに痛みを与え、声を押し殺す。


手の甲の傷が絶えない訳を、本郷に話すわけにはいかなかった。



「・・・・なぁ、なんかあったら、俺に言えよ。できることはなんでもするからさ・・・」

信哉の手が、そっ・・・と、本郷の大きくて温かい手に包まれる。



ホッとする温かさだ。

もしかしたら、この温もりは自分を助けてくれるかもしれない。
そんな気にさせてくれる温かさだった。


とても力強い、真剣な目が信哉の心を射抜く。




周りの生徒が敬遠する中、本郷だけが自分をちゃんと見てくれた。


本当のことを打ち明けたら、
信哉の全てを包み込んで、守ってくれるかもしれない。



兄に犯されたとき、無意識に心で助けを求めた。




本当のことを・・・告げてみようか?
自分が今、どんな境地に立たされているのかを。


本郷ならきっと、助けてくれるかもしれない。





本郷なら―――。





「・・・本郷くん・・・あの・・・、あのね・・・」



今までにないくらい、心臓がドクドクと脈打つ。

本郷が唾を飲むのが分かった。




「あ、・・・・あの・・・手・・・、離して・・・もらえる・・・かな・・・」

だが、口をついたのは別の言葉だった。



「へ??あ!ゴメン・・・・!」

あわてて本郷が信哉から手を離す。
こころなしか、ガッカリして見えた。





「お、お前の手って、すげぇ冷たいのな」

「本郷くんのが、あったかいんだよ」

本当に温かい。
思わず、縋(すが)ってしまいそうになるほどに。




でも、自分の直感が、誰にも言うなと告げた。
言ってはいけないと。


伏し目がちに俯く信哉を、本郷がじっと見つめる。

信哉の長い睫毛が影をつくり、
帯びている憂いが壮絶な色気に変わる。

本郷の喉がゴクリと鳴った。



「お前ってさ・・・」

「ん?」



「・・・や、なんでもない・・・。とにかく、俺を信用して、頼ってくれよな」

本郷の言葉が心に沁みる。



「うん、ありがとう。・・・本郷君てホントにスゴイね。同じ歳だなんて思えないよ」



とても頼もしくて、心強くて。そしてカッコよくて。
本当に憧れてやまない。


「へへ・・・そうか?
ま、親父の会社の跡継ぎだし?しっかりしなきゃってのがあんのかもな」


照れたように頭を掻くが、遠くを見つめたその瞳に、
なにか含みを帯びているような気がして、
一瞬、別人のように思えた。


でも、すぐにいつもの本郷にもどり、
話題は取り留めもない話へと移っていく。



このなんでもないような話で綴られていく時間が大好きだった。




ほんとに、自分がただの普通に人になれた気がした。






このひと時が、とても平和で、信哉にとって大事な時間だからこそ、
針のむしろである屋敷に帰るのは気が重たかった。




そしてきっと、今夜もまた兄に穢されるのだ。

毎日毎日、いくら独りよがりの禊をしたところで、
その事実は何一つ変わらない。







今夜も広い部屋で独り、京一郎の帰りを待つ。

ジェルで蕾を潤し、
いつ京一郎が帰ってきてもいいように、準備は万端である。



ところが、交渉が難攻しているのか、夜になっても京一郎は帰らなかった。


ホッとする反面、

合意ではないとはいえ、毎日毎晩、
快楽を与えられている身体は、刺激を欲して、
どうにも奥がズクズクと疼いてやまない。



いつもなら、京一郎の猛りに貫かれ、快楽に耐えている頃だ。

時計を見ながら、そう思うほど、身体の疼きが酷くなる。


(・・・どうしよう・・・)



身体が火照る。


こんなことは初めてだった。



京一郎の手間を省くために、行為の前に自分で解すことはあっても、
身体の疼きが抑えられなくて、
自慰行為をしたくなるのは初めてなのだ。



信哉は戸惑った。
どうしても身体の疼きが抑えられない。




とうとう意を決し、そっと、履いているものを脱いだ。
硬くなった自分自身に指を這わせる。


ヒンヤリとした指が、熱いそれに心地よい刺激を与えた。


「ん・・・・」


ペニスへの刺激に、先端からは先走りが溢れ、
さらにその奥がヒクヒクと疼く。

既に解れている蕾に指を宛がえば、簡単に3本も飲み込んでしまい、
熱い襞が指に絡みつく。



「あ・・・」


指を出し入れし、快楽を追う。

だが、中を摩擦する快楽は得られるが、
上り詰めるような感覚はいつまでたっても訪れない。




いくら掻き回しても、
怪しいほどのうねりは来ない。


(・・・兄さん・・・)


ふと、兄の無骨な指が脳裏をよぎる。


「・・・・・っ」

(うそ・・・・ヤダ・・・!)


信哉を侮辱し、貶めることしかしないはずの熱を思い出したとたん、
じわじわと何かがせり上がってくる。


「あっ・・・・あぁ・・・・・・」


(助けて・・・本郷くん・・・・!)


なぜか心の中で本郷に助けを求めた。
混乱するこの気持ちを、今すぐに聞いて欲しかったのかもしれない。


(僕はどうしたらいいの・・・・)


兄は、ちゃんと帰ってくるのだろうか。

帰ってきたら、この部屋に来てくれるのだろうか。

ここへ来て、いつものように信哉を抱くのだろうか。



そのことを想像した途端、


「あぁっ・・・!」


信哉の先端は弾け、白い液体を散らしてしまった。




「うぅ・・・も・・・やだ・・・・」


枕に顔を押し付けた。
嫌悪感によって溢れる涙が吸われていく。



気付きたくない事実がそこにはある。


夜ごと行われる情事。
それを苦痛に思う心と、期待に疼く身体。


心と身体がバラバラで、
信哉には、どうしていいのかわからなかった。


6へ

今回はここまで。H無しの微エロで、しかも ちょい短めでスミマセン(-_-;)いろいろ矛盾はあるかと思いますが、勘弁してくださいね。

2010/03/12
2015/05 修正