かわいいおまえ 前編

昔書いてた小説で、少しアレンジしました。
駄作ですが、お付き合いくださいませ(;^ω^)

かわいいおまえ1(佳郎サイド)




まったく、なんてことだ。
こんなことなら、あの時無理矢理にでも奪っておくべきだった。



俺、和田佳郎(わだ よしろう))は、自分で言っちゃあなんだ売れっ子の小説家だ。
それでもって見た目もイケてるし、クールで知的だということで、女性にもモテモテだ。


俺が機嫌を損ねリャ、監督だって冷や汗もん・・・・って、そんなことはどうでもいいか。


今の俺の問題は・・・。




「・・・まったく、なんてことだ。こんなクソッタレ野郎になっているとはな。」
車を運転しながら、助手席に座る弟、勇太を横目に睨み付けた。


一著前に睨み返してくるが、ガン飛ばしで俺様に勝とうなんざ100年早いわ!!


ギロリ!と音がしそうな位の勢いで再び睨み付けると、勇太はビクッとなって固まってしまったが。
ふふんと勝ち誇った俺の笑い顔を見て、悔しがる勇太のかわいいこと・・・・じゃなくて!


そう。今俺の前にぶらさがっている問題とはこの勇太のことだ。


俺の家庭は少し複雑で、実の兄弟でありながら、勇太は俺に会うのは今日が初めてなのだ。


というと、少し語弊があるので説明しよう。



ことの始まりは両親の離婚。俺は当時16歳。弟、勇太は1歳3ヶ月。
かなり歳の離れた兄弟ではあるが、まあ、そのあたりは色々事情があるらしく、
実は俺もあまり知らない。





俺は勇太がかわいくてかわいくてたまらなかった。
ずっと一人っ子だったので、勇太の誕生は恥かきっ子だろうがなんだろうが、
関係ないくらいうれしかった。



学校の友人に自慢していたのを覚えている。
本当にかわいかったのだ。

きれいな二重瞼で、パッチリとしたどんぐりみたいな目はキラキラしてて、
口元もキュートで、クセっ毛の髪がクルクルとカールがかって・・・。





「かわい〜〜〜〜!妹さん!?」

「いや、弟だよ。」

「え〜〜〜うそぉ〜〜かわいい〜女の子みたぁい!!」


友人たちと交わす、そんな会話の優越感ときたら・・・!!


・・・話がちと脱線してしまったが。



とにかくかわいかったんだ。
今でもかわいいが。え?しつこい?ああ、すまない。


そう、まぁだから、母親が裏切って、男と借金を作って、借金だけオヤジに押し付けて、
俺の(強調)勇太を連れて出て行ったのが許せなかったのだ!


どうしても許せなかった!俺の(強調)勇太をっ!!



だが、ハメられて背負った借金は膨大で、勇太を取り返すことはできず、
俺とオヤジは泣く泣く勇太を手放すことになった。



かならず迎えに行くことを誓いながら。


そして、時は流れること14年。耳にした噂はとんでもないもので。
母親は、なにを血迷ったのか、育児を放棄し、男をとっかえひっかえ。
連れ込んだ男と一緒になって勇太を虐待。



その結果、勇太は・・・言わずもがな・・・。
補導歴10回を超える立派なクソッタレ野郎へと成長していたのだ。



そして小説家として成功した俺は、去年、亡くなってしまったが、
親父の借金を全て返済し、以前誓ったように勇太を取り返すことを実行したのだ。

この俺が一から躾け直してやる!俺の天使を再び!!





十数年ぶりに再会した実の母親は懐かしくもなんともなかった。



着いた早々、つい先ほど警察から勇太を「また」補導したと電話があったそうで。
聞けば今まで一度も迎えに行ったことはない、という。

あいつが勝手にやってることだから、私には関係ないという。
むしろ迷惑なのよ、あいつ、と、言う。


神よ・・・信じちゃいないが神よ・・・浄土真宗ですが神よ・・・!(しつこい?)


このクソアマ、ぶん殴ってイイデスカ?



・・・誰のせいでそうなったと思ってんだこのクソババア!!
母親と男を殴り倒したい衝動を抑え、警察署を訪れ、
そして身元引受人として勇太との再会を果たしたのである。



ショックだった。何がショックってそりゃあもう色々と・・・。


離れ離れになったのが1歳ノ時だったから、勇太は俺のことはもちろん記憶にはないのは当然で、
記憶上での初対面の俺に、

「おい、オッサン。あんた誰?」


・・・というのは、まあ仕方ないとする。俺も30だし。

だが問題は、勇太の姿である。



15歳になった勇太の、あの、かわいかった顔は・・・とんでもなくかわいいままで。

むしろ可愛さが増しているのでは思うのは、兄の欲目だろうか?


(あぶなく涎が出そうだった)。





だが、髪は赤くて立ってて、眉毛もなんか短くて、ピアスも開け放題で、
両耳にじゃらじゃらとつけているどころか鼻にまで・・・・。



俺の天使はどこへ・・・。



だがまあ、その辺は、10万歩ほど譲って今だけは我慢しよう。
後で力ずくで変えればいいのだから。
ただ、問題はそこではなくて・・・。


おそよ検討はついてはいたが、全く、幸せそうではないのだ。

この年頃の子どもというのは、親には反抗していても、
善悪に関係なく、仲間とつるんでそれなりに生き生きとしているものだ。


だが勇太は、なんというか、「目」が死んでいる。

誰も信じていないというか、
自分はどうなってもいい的な、危険を孕んだ怖いもの知らずというか。


おそらく、これまで受け続けていた虐待のせいで、勇太はいろんな感情を失っていったのだろう。


見える位置に、タバコを押し付けられた後が数箇所あり、
色も白く、華奢というより栄養が行き渡っていないような・・・。


こんな体で、今まで独りで戦ってきたんだなと思うと、胸が締め付けられて・・・。

(・・・法律がなけりゃアイツラ絶対ブッコロスのにな。)



だが、それとこれとは話は別。躾は躾。
愛をた〜っぷり込めて躾け直してやる。


この俺が。


まず、挨拶もできなければ、口の利き方もなっちゃいない、この愛しいクソガキ、どうしてくれよう。




人は俺を「俺様なやつ」だという。
おお、承知してますとも。


俺様上等!


だから、これからきっと勇太は俺にものすごく反発するだろう。
反抗期だしな。だが俺は取り戻す!



俺の天使を・・・!

















かわいいおまえ2(勇太サイド)


注意されるうちが花だと、言っていたのは誰だろう。

誰からも注意されなくなった時はその人は終わっているって。
だったら俺はもうすでに終わっている。


筑波勇太は、未来に期待するのなんて、とうの昔に諦めていた。



勇太は、実の父親の顔を知らない。
母は、自他共に認める美貌の持ち主で、とにかく男に節操がなかった。


一体、今まで何人の知らない男を父と呼ぶことを強要されただろう。
母は男にいつも夢中で、子供に対する愛情は持ち合わせてはいなかった。


母親失格のただの「女」に成り下がっていた母にとって子供は邪魔者でしかなく、
連れ込んだ男から、勇太が手酷い虐待を受けても、
かばうどころか、追い討ちをかけるように、言葉による暴力を与えるようになった。


そんな環境で子供がまともに育つはずもなく、15歳になった今ではかなりの問題児となっている。


今では、一方的に暴力を受けることはなく、むしろ、
これまでの恨みといわんばかりに、男との激しい争いになることもしばしばだ。



家庭内の揉め事に、警察は介入できないらしい。

男の暴力から身を守るのは自分しかいなかった。



夏休み、あてつけのように悪事を繰り返し、何度補導されても、
親が自分を迎えに来てくれることもなく、勇太には無関心だった。

 そのとき警察に、「お前、見放されたな。」と、馬鹿にしたように言われたのを覚えている。


 見放すも何も・・・。

初めから親からの愛情なんかもらったことなんかなかったから。
勇太は、自分は野放しにされた野良犬だと思っている。


 躾けてももらえない。

 愛情ももらえない。

 側にいれば殴られる。

 そんな環境の中で、勇太はいろんな感情を失っていったのだ。



 いつものメンバーで一人の中年男性を取り囲む。

 言葉で散々脅し上げ、恐怖に震え、抵抗できなくなったところで、
 握った拳を相手の腹にぶち込んだ。

鈍い音とうめき声が狭い路地へと響いた。


 勇太にとっては、仲間と繰り広げるただのゲーム。


 相手は当然知らない人。
 気の弱そうな中年をターゲットにした、いわゆるオヤジ狩りというやつだ。

 だが、誰かが通報したらしく警官が数人走ってきて、勇太たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げた。




 しばらく走った後周囲を確認し、警官がいないことを確認して一息ついた。
 息を整えながら、いつの間にか仲間とはぐれてしまったことに気づいて、なぜかホッとした。


 いつからだろうか。
 誰かが側にいることに苦痛を感じるようになったのは。


 もう、放っておいてほしい。


 自分という存在を知っている人たちの記憶から消えてしまいたかった。
 それほどまでに、勇太は孤独感に追い詰められていた。
  

 「ねェ、きみ、一人?」

 独りで歩いていると、きちっとしたシーツに身を包んだ男に不意に声をかけられた。
 母親譲りの美貌を持つ勇太は、こうしてよく男から声をかけられる。


 15歳という、大人と子供の中間の、この時期のみが持ち得る独特な雰囲気を纏っている。
 細身の身体ががよりいっそう、勇太の魅力を引き立てているせいか、
最近とくにそんな輩が増えた気がする。



 「キミみたいな子が、一人歩きとは感心しないな。ね、おじさんトコにこないかい?」

いたずら目的だよ、と顔に書いてあるような中年オヤジの誘い。

過去の悪夢が頭をよぎる。


義理の父親に強要されたこと。
夜ごと行われる、遠慮を知らない男と女の色ごと。


それは、性に対して興味を持つどろことか、逆に嫌悪感さえ抱くようになってしまった。 

この手の男たちには反吐が出る。




 「キメェこと言ってんじゃねぇよ!!」

 男の胸倉を掴んで睨み付ける。
 少女のような華奢な体からは創造もつかないような腕力に、相手も驚いたようで。
  
 自分がどういう眼で見られているかは十分に理解している。
 義父からも身を守らなくてはならない。

勇太は強くなる必要があった。

 その男を殴ろうとしたとき、腕を何者かに掴まれてそのまま後ろに捻り上げられた。

 「いててて!!・・・にすんだよ!!離せこのやろう!!」
 「やっぱりお前か筑波!」

 さっき自分たちを補導しに来た警官だった。
 もちろん、常連の勇太は顔も名前も覚えられている。
 有段者の警官にはさすがにかなわず、勇太は交番へと引きずられていった。








 「珍しいこともあるもんだな。」
 担当の巡査が勇太の家に掛けていた電話を切りながら呟いた。

 いつもなら、電話口で、息子が勝手にやったことだから関係ないと、
 一蹴されるようなのだが、どうも、今回はすぐに迎えに行くという返事が返ってきたらしい。

 何か裏があるのではと不審に思っても、
 自分の不幸など今に始まったことでもないので特に不安にはならない。


 「ところで筑波、お前、また親父変わったか?聞いたことのない声だったが。」

 「・・・いや、俺が家にいねえ間に取り替えてなきゃの話だけど。」

 母のことだ、ありえる話ではあるが。


 10分ほどした頃、交番の前に高級車が横付けされた。


そこから降り立ったのは背の高いモデルのような男。
仕草からなにからスマートで、すべてに目が奪われる。

切れ長の双眼がにはまるで隙がなく、完璧に整っているがゆえに冷たく感じられた。


 そんなにいい男が、こんな交番に何の用事があるのか。
 どちらにしろ、自分には関係ないが、
 こんな人種が日本人にもいるのだなぁと感心しながら見つめていた。

 ところが。

 「筑波勇太を迎えに来ました。」


 その男の口から発せられたのは、信じられないことに自分の名前。



 え!?お、俺!?こんなやつ知らない!!



 「お、おい、おっさん!あんた誰だよ!?」

 警官たちに、身分証明書を見せ、挨拶を済ませた男は、
 状況を理解できずに動揺している勇太をお構いなしに車へ乗せようとする。


 抵抗してみるが、まるで機械でがっちりはめ込まれたみたいに強い力で押さえ込まれ、びくともしない。
 今まで出会ったことのない圧倒的な力に勇太は初めて怖くなった。


 「あいつの母さん、今度はずいぶん若いのに手を出したんだなぁ。」

 警官たちは、勇太が連れ込まれた車が発進するのを呑気に見送っていた。


 一方勇太は、突然のことにどうしていいのかわからない。
 今までいろんなことを体験して、それなりにたくさん喧嘩もして、
ある程度は肝が据わっているつもりでいた。

 

 でも、今回はなぜだか逆らうなと本能で警告してくる。

 この黒塗りの高級車のせいだろうか。自分はとうとうヤクザにまで目を付けられたのか!?
 男の顔をまじまじと見つめる。やっぱり誰だか解らない。

 ・・・・でも、不思議なことに、初めて会った、という感じではないような気がした。
  


 自分の家に着き、少しホッとする。どうやら、どこぞの事務所ではなかったようだ。

 「降りろ。」

 命令口調で言う男にむっとするが、素直に従った。
 なんでだろう?何故かこの男には逆らいがたい雰囲気がある。


 家に入ると、母親と義父が、ばつの悪そうな顔で向かい合って座っていて、
 その前に引っ張り出されると、両親からはすぐに目が逸らされた。

 慣れているとはいえ、こういうときは心が急激に冷えていく。

 小さくなっている母親に、男が声を掛けた。

 「・・・噂通りだな。勇太のこの素行の悪さは、あんたそっくりだな、母さん。」
 「・・・・・・・・・へ?」


 え・・・?

えええええええ!?

え〜〜〜〜〜〜〜!?



 い、今この人なんて言った!?
 か、母さん!?この男、母ちゃんに「母さん」て言った!?


母さんっていったら母ちゃんのことだよな!?



 聞いてない・・・・!

 聞いたことなかった。自分に兄がいたなんて!
 昔の記憶を辿っても、お兄ちゃんなんて記憶はどこにもない。

 
「じゃあ、勇太は約束通り、俺が連れていく。今後一切、合うことも許さない。
それから・・・二人で盛る分には結構だが、二度とガキは作るなよ。
もう勇太のような不憫な子は見たくない」


 最後にその場が凍りそうな程の視線で二人を睨みつけると、
竦みあがる両親を尻目に勇太の手を引いて出て行った。




 勇太を乗せた車は、今度は都心へと向かっていた。

 夕方になってぽつぽつと点き始めたネオンが窓を滑っていく。
 窓の外をぼんやりと見つめながら、革張りのシートに体を預けていた。



 彼の名前は和田佳郎。15歳も歳の離れた実の兄だという。

 話によると、勇太が1歳頃まで一緒に暮らしていたらしいが、その頃に両親が離婚。
 父は、勇太はまだ幼かったことと、母が男と共謀して背負わされた借金を抱えていたため、
 泣く泣く勇太を手放したのだという。


 その父親は、今までの苦労がたたったせいか去年他界したらしい。
勇太と再会できる日がくることを、すごく心待ちにしていた、とても優しい父親だったようだ。


 そして、この兄、佳郎は小説家として成功し、借金を返済し終えて勇太を迎えにきたという。
 でもその兄との、この密室での沈黙はとてもつらかった。














 「・・・・すげェ・・・」
 目的地へ到着するなり勇太はため息をもらす。
 かなり見上げないと空が見えないほどの高層マンションがずらりと並んでいる。


 二色のレンガで綺麗に彩られた路地の脇には、手入れの行き届いた芝生がひろがり、
 樹木が適度な間隔で植えられている。


 まさに、ドラマでしか見られないような光景に、自分がここにいるのは場違いな気がして落ち着かない。


 キョロキョロとしてるうちに、佳郎は中でも一番高級そうなマンションへと入っていき、
 勇太も急いで後を追う。


 途中ですれ違う住民も、ブランドに身を包んだセレブばかりで,ファッションとはいえ、
 あちこちに穴の開いたジーンズに、だぼっとしただらしのないTシャツを着ている勇太はかなり浮いていて、
 いたたまれなくなったのか、とうとう下を向いてしまった。

 「お前にも羞恥心があったのか?」

 クスッと、エレベーターのボタンを押しながら、馬鹿にしたように笑われた。


 「てめェ・・・・!」

 頭にきて言い返してやろうとしたが、チンという音を立ててエレベーターの扉が開くと一転。

 「おわ〜!すげ〜!!このエレベーター、外が見える!!」
 エレベーターに乗り込んで、はしゃいでいる。



 ガラス張りのエレベーターなんて初めてだった。
 スーっと、静かに上へと上がっていくと、ガラスにへばりついてスライドする景色を嬉しそうに見ている。


 遊園地だとかデパートだとか、
 娯楽施設なんて連れて行ってもらったことのない勇太にとっては、こんな些細なことが楽しかったり。


 そんな、はしゃぎ続ける勇太を、佳郎が愛おしげにに見つめていることなんて、もちろん知るはずもなくて。



 「ここが、お前の部屋だ。好きに使え。」

 「・・・・・・・・・・・・・・まじかよ。」


 通された部屋はかなり広く天井も高い。

 内装は落ち着いた淡いグリーンで統一され、
 大きな窓にはTVや雑誌でしか見たことのないような、豪華なカーテンが備わっている。


 真ん中に堂々と配置されているキングサイズのベッドは、
 これまた高級そうな光沢を放つシーツを纏って、存在感を放っている。
 よくテレビで、金持ちの家を紹介している番組があるが、まさにあんな感じである。


 もしかしてこれは夢!?
 信じられないくらいの豪華さに、呆然と立ち尽くしていた。


 「いてっ!!」
 いきなり髪をつかまれ、我に返る。


 「勇太、この頭はいただけん。黒く染め直す。」
 「はあ!?何でだよ!!」

 つい、豪華な新居に見惚れて忘れていた。この男の存在を。

 「それからな、最初に言っておくが、俺の保護下にあるうちは勝手なことは許さん。決まりは守ってもらうからな。」

 「・・・あ!?ふざけんなてめェっ!!」


 上から威圧するように見下ろす佳郎の目を、負けじと睨み返す。
 ガン比べで負けたことなどなかったが、
 佳郎の纏う魔王のようなオーラと、絶対服従をせざるを得ない、脅しのような眼力に秒殺された。


 ・・・そういや車の中でも負けたっけ・・・。

 
 「話し合いのときには、きちんと俺の目をみてごらん。」
 「・・・・・・っ!」

 目をそむけた勇太に、子供に対するような言い方をする佳郎に腹が立った。


 むかつくむかつくむかつく!!なんなんだこいつ!!

 湧き上がってくる怒りをこらえて下唇をきゅっと噛む。
 言っちゃあ何だが、その表情は鼻血が出そうなほどメチャクチャかわいい。
 本人はもちろん意識してないが。


 勇太は、言われた通りに佳郎の目を、おそるおそる見つめた。

 「まず、門限だ。7時までには必ず帰ってこい。」
 「はあ!?おい、ちょっと待てよ!!今時、女だって・・・」
 「7時だ。遅れるときは必ず電話をしろ。いいな。」

 反論してくる勇太を気にもせず、淡々と話を進める。

 「おい!」
 「それからな」
 「おいっ、あんた聞けよ!!」
 「まずはお前が聞け。」

 じろりと睨まれ、怒鳴りつけられたわけでもないのに、
 勇太の体はまるで蛇に睨まれた蛙のように動かなくなってしまった。

 「俺が仕事をしているときは邪魔をするな。
 特に締め切り前は何があってもだ。邪魔をしたら殺されても文句は言えないと思え。」

 「てめェ・・・!さっきから聞いてりゃ・・・」
 「思えよ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」

 有無を言わせぬ佳郎の気迫に、今は逆らわない方がいいような気がして。

 こんなことは初めてで、むかつくのに、
 勇太はなんとも例えようのない不思議な気持ちが胸に広がるのを感じた。














 なんなんだあいつ〜〜〜!!!

 広いベッドにダイブして、何故だか無駄にたくさん置いてあるクッションに当り散らす。
 自分の意思を無視して勝手に引き取っておいて、勝手は許さんだなんて、どっちが身勝手だよ!

 だけど、散らかったクッションを見てなんだか虚しくなってきて・・・。

 「もう・・・寝よう・・・。」

 はあっと、ため息をついて、ベッドへ潜り込む。

 マットレスはふかふかでシーツはスベスベ。
 素肌でしばらくその肌触りを堪能した。
 すごく気持ちがいい。

 ・・・なのに・・・!


 「ね、眠れねェっ・・・!!!」


 寝心地のいいベッドなのに眠れない。
 今までの環境と違い、広過ぎるこの空間は勇太を不安にさせた。
 そう、落ち着かないのだ。広すぎて。


 高い天井も押し迫ってくるようでさらに落ち着かない。
 ただ、広いだけの空間にいると、独り取り残されたような不安に陥った。

 狭いアパートは散らかり放題で、嫌いとはいえ、ふすま一枚隔てた向こうには両親がいたし、
 家出先の独り暮らしの友人宅には、必ず何人かが集まっているので、みんなで雑魚寝だったし。


 実は、一人で眠った記憶なんてないことに気づく。
そう、必ず誰かか側にいたのだ。



 狭い空間のかなで、人の気配を感じていたのだ。 

 時々、孤独感が拭えずに、本当に独りになってしまいたいと思っていたのに、
 まさか自分がこんなにも人肌を恋しがっているなんて思ってもいなかった。



 「あいつ・・・まだ起きてるかな・・・?」
 勇太は、重くのしかかってくるような広すぎる空間たえきれず、そっとベッドを降りた。

  




かわいいおまえ3 〜ハニーミルク〜





人一倍、独りになりたがってるくせに、人一倍、人肌が恋しい。
初めてそのことに気づかされて。



体にタオルケットを巻き付けたままそろそろと兄の部屋へ向かう。


様子を窺うとどうやら佳郎も寝ているようで。 


そっとドアを開けて、中を覗くと、
開けっぱなしのカーテンから入る月明かりで、佳郎がベッドに寝ているのが分かる。





勇太のベッドより小さいのは、気のせいだろうか・・・?





起こさないようにそっと部屋に入り、佳郎の足元側の床へ、ちょこん、と腰を下ろす。



(今日はここで寝かせてもらお)




嫌なやつだけど、いないよりましだし。
ふかふかの絨毯のおかげで、床だってあまり気にならないし。

・・・なによりも、今はなんだか・・・一人では、いたくないし。


キュッとタオルケットを巻きなおすと、そのまま横になった。



「・・・・・・何をしてる?」


ドキリと心臓が跳ねた。
寝てると思っていた佳郎がごそりと起き上がる。



「あ、あんた、寝てたんじゃねぇの!?」

「いや・・・。月を見てた・・・。」
「は?つ、月?」


・・・ああ、だからカーテンを開けてたんだ・・・。



「綺麗な満月だったからな。」
そう言って、月を見上げる佳郎の月明かりに照らされた顔が
そりゃあもう綺麗で、さっきと違う意味でドキリとするけれど・・・。




あまり嬉しそうじゃないのはなんでだろ?
満月に、なにか嫌な思い出があるのだろうか・・・。



でも、そんなことは聞けなくて。



「眠れないのか?」



つい、見とれてしまって、ふいに現実に引き戻される。


「え?あー・・・・・うん。まあ・・・なんか、今までと環境が違いすぎて・・・」



佳郎はしばらく何か考えているようだったが・・・。



「・・・そこにいられると、俺が眠れん。迷惑だ。部屋に戻れ。」

「・・・!!」

なにそれっ!信じらんねぇ!
突き放すような言葉に、ずきりと胸が痛むけど・・・。



「い、いいじゃん!別に・・・!
ベッドに入れてって言ってるわけじゃねぇし!床で寝るって言ってんじゃん・・・!」


でも、返ってきたのは。



「いいから部屋へ戻れ。」


という冷たい言葉と軽い溜息で。


 
側にいるのすら迷惑なら、なんで引き取ったりしたんだよ!



そう叫びたかったけど。

今、口を開けば、なんだか泣いてしまいそうで。
勇太はぐっと我慢して、キュッと唇を噛む。


黙って、部屋を後にした。








広い部屋に戻ると、もうダメで。


ドアを背にして必死で涙をこらえるけれど、でも、どうしてもダメで。


とうとう涙があふれ出してきた。





情けない・・・。
俺ってこんなに情けない奴だったっけ・・・?
たったこんだけのことで。

・・・そもそも、なにがそんなに悲しいんだかさえ分からない。


すすり泣く声が、広い部屋にただ、むなしく響く。



「勇太、入るぞ。」

「え!?」


しばらくして、佳郎がドアをノックする。



まさか、部屋にくるなんて思ってもみなかったし、それに、
初めて名前で呼んでくれたような気がして勇太はドキリとする。





「開けるぞ」

入ってきた佳郎は、手に何かを持っていたが、
勇太は泣き顔を見られたくなくて、プイっと顔をそむける。



「おい、勇太・・・・お前、どうしたんだ・・・?」
泣いてる勇太に驚いて顔を覗き込む。



(自分で泣かしといて・・・!)



「・・・何?何の用?俺がいると迷惑なんじゃねぇの!?」
強がってもそれは涙声で。鼻までズ〜っとすするしまつ。



「・・・迷惑?ワケのわからんことを言ってないで、ほら、ベッドに行きなさい。」


相変わらずの命令口調で。
反発するように、わざと足音を立ててベッドへ行き、
タオルケットを纏ったまま、ベッドへダイブする。

そういう態度が子供そのものなのだが。



「勇太・・・」


佳郎は、タオルケットを引っぺがして、
上半身を引っ張って起こすと、手に持っていたものを渡した。




甘い匂いが鼻をくすぐる。




「・・・・?」

「ハニーミルク。」

何?と言いたげに見つめたのが分かったのか、佳郎は簡潔に答えた。



「オヤジがな、俺が小さい頃、眠れない時に、よく作ってくれた。ほら、冷めないうちに飲みなさい。」



「・・・・うん・・・。」



ちょうど良い温度のハニーミルクを一口啜れば、とても甘くてじわりとしみわたっていく。





「さっきは、悪かったな」
ベッドに腰を下ろしながら佳郎が謝る。


何が原因で勇太が泣いてしまったのか悟ったようで。



「言葉が足りなかった。お前が迷惑なんじゃなくて。
俺がベッドに寝て、お前を床になんて寝せられるわけないだろ?」



ああ、そうか・・・。そういうことか・・・。





でも、自分の母親は、そういうことを平気でしてた人だから。
ハニーミルクを一口啜る。




「俺のベッドは狭くて、二人じゃ寝られないしな。」


ああ、やっぱり小さかったんだ・・・。


また一口、啜る。




きっと寝心地の良いものを、勇太の為に、用意したのだろう。

「このベッドなら二人で寝られる。そう思って、お前の部屋に行くように言ったんだが。」


また、一口。


 
佳郎が困った顔をした。



「・・・すまない。俺は、優しい言い方ができないんだ。
お前のことをいらないなんて、絶っ対、思ってないから。だから・・・もう泣くな。」





「・・・・ぅっ」


さきほどから、ハニーミルクを啜るたびに零れていた涙が、ポトリと一粒、マグカップの中へ落ちた。


「はは・・・しょっぱくなるぞ?」
佳郎が自分の寝巻の袖で、勇太の涙を拭ってくれた。





「う・・・うぅー・・・」


でも、もう涙が止まらなかった。拭いても拭いても、止まらなくて。





こんなに泣くのは何年ぶりなんだろう。
この男のそばにいると、調子が狂う。


 
・・・でも、もしかしたら、こっちが本当の自分なのかも?



分からない。








ああ、
本当に、今日はいったい何なんだろう。

勇太は今日を振り返る。



もうずっと家にも帰ってなくて。




仲間とつるんで悪いことして補導されて。



見ず知らずの人が迎えにきて。



知らない所へつれてこられて。



その人はすごく怖くて。




すごくヤなやつで。



そしてその人は自分の兄だという。






でも、あったばかりのその人の側は、・・・・・ なぜか、こんなにも安心する。








ああ、そうか、と勇太は思った。


この男に会ったときから感じていたもの。

それは、勇太が母親から貰えなかったもの。


自分のすべてをぶつけても、きっとこの人は受け止めてくれる。





悪いことをすれば叱ってくれる。
いい事をしたら、不器用ながらもきっと褒めてくれる。
辛いことがあったら、一緒に悲しんで、慰めてくれる。



ちゃんと関心を示してくれる。
ちゃんと・・・愛してくれるかもしれない。


きっとそうに違いない。



(ねぇ、ホントに・・・ホントに俺、全力でぶつかっていいの・・・?)







勇太はじっと兄を見つめた。


佳郎は、ぽんぽんっと頭に優しく触れると、
飲み終わったカップをサイドテーブルへと置いて、リモコンで部屋の電気を消した。





きっと、寝なさい、という無言の命令。
心配はいらないから、と。
どこにも行かないから、安心して寝なさい、という無言の。



素直に横になって、ごそごそとタオルケットをかぶると佳郎も勇太の横へと入ってきた。



予想以上に体温が高いことに驚いて。


でも、すごく安心する体温で。



「お、おに・・・!」



「・・・鬼?俺がか?」


勇太は深呼吸する。




「お・・・にい、ちゃん・・・っ」


暗くて見えないけど、佳郎がびっくりしたのがわかった。


「なっ、なんだ・・・?」


声が少し上ずっている。



どきどきしてるのは、一緒なのかもしれない。



「お、おやすみっ・・・なさいっ」


「あ、ああ、お、おやすみ」


佳郎は、照れ隠しなのか、タオルケットを勇太の首まで掛け直す。


勇太は目を閉じた。





すーっと意識が沈みこんでいく。


 


そして、久しぶりに、夢も見ないほど、深く深く眠った。





次へ
どうも私が、シリアスちっくなものを書くと、白けてしまうような気が・・・。未熟ですみません。